フェデラー物語【第9章】全国大会で優勝するも「ロジャーが世界一なんて…誰も想像できなかった」

全国12歳以下選手権で優勝するも、”誰が彼の未来の成功を予見できたでしょうか?”

ロジャーは11歳の頃、同年代のスイス人の中でナンバーツーでしたが、12歳になると遂に大きな大会で優勝します。

1992年7月、初めて地元新聞に小さく取り上げられました。国内の12歳以下の大会決勝で、後のデビスカップ日本代表となる加藤純(当時ジュネーブ在住)に敗れた試合の記事でした。実は、ロジャー・フェデラーは錦織圭よりずっと以前に、日本人選手に負けているのです。

しかし、それから1年後。全国12歳以下選手権で優勝しました。ただ、その時点で”未来の世界チャンピオン”の誕生を誰が予見できていたでしょうか?

本気で彼がここまでの選手になると思っていなかった

「(彼が大成功すると)そう予見していたと言いたがる人は沢山いる。だけど、僕が覚えている限り、誰も11歳、12歳のロジャーを見て、本気で彼がここまでの選手になると思っていなかった」-ニキ・フォン・バリ

「彼は幼い頃から、素晴らしいショットを打っていたけど、2,3回鮮やかにポイントを決めると、調子に乗って向こう見ずなプレーをして、ちょっちゅうラケットを放り投げていたよ。自制心が無かったので、正直テニスの世界で大成するとはとてもじゃないが言えなかった」-トーマス・ウィルツ

まさかあのロジャーが世界一なんて…誰も想像はできなかったわ

「ロジャーがあんなに成功するとは誰も思っていなかったわ。私はいつも彼に『ロジ、テニスでどれだけ成功したいかは、あなた自身で決めるしかないのよ。私たちはサポートは出来るけど、何を成し遂げたいのかは自分で決めるしかないわ』と言っていたわ。優れたジュニアが沢山いて、ロジャーはいつもその中で一番年齢が下だったので、才能はあると思っていたわ。でも、まさかあのロジャーが世界一なんて…誰も想像はできなかったわ」-マドレーヌ・ベールロッヒャー

1992年はバルセロナ五輪で英雄マルク・ロセが初めてスイスに金メダルをもたらし、ヤコブ・ラセクと共にデビスカップで初めて決勝へ導き、全仏オープンダブルスでは優勝した年でした。この時、誰も将来スイステニス界から世界ナンバーワンになる偉大な選手が育つとは誰も想像できませんでした。

マルク・ロセ

スイスジュネーブ出身。1992年バルセロナ五輪男子シングルスの金メダリスト。1992年全仏オープン男子ダブルスでヤコブ・ラセクとペアを組んで優勝した。自己最高シングルス9位、ダブルス8位。

 

>>第10章へつづく<<