フェデラー物語【第13章】「スイステニス界の新たな時代の幕開け 天才少女ヒンギスの登場」

ヒンギスが世界1位となり、スイステニス界に新たな時代が訪れる

1997年はスイスのテニス界にとって最も大切な年となりました。

1月にマルチナ・ヒンギスが全豪オープンを制し、男女合わせて初のグランドスラムスラムのシングルスタイトルをスイスにもたらしました。そして勢いのまま、ヒンギスは3月末には世界ランキング1いにとなり、ウィンブルドンど全米オープンで優勝し、四大大会のシングルスタイトルを3つ獲得しました。

マルチナ・ヒンギス

天才少女と呼ばれ、16歳6ヶ月で世界1位に登りつめた。全仏をのぞくグランドスラム女子シングルスで優勝。女子ダブルスと混合ダブルスでは、生涯グランドスラムを達成。引退後、現役復帰し現在もダブルスで活躍中。

あらゆる環境が好転し、ロジャーの状況が上向いきた

また同年、スイス・テニス協会がビールに新しくテニスのパフォーマンス&運営センターをオープンしました。こうして、アルプスの小国は初めてテニスの才能に恵まれたトップジュニアとツアープロのトレーニング拠点を得たのでした。

新たな拠点がオープンし、新たなスター ヒンギスが登場したことで、スイス国内でそれまで人気が無かったテニスが一気に急上昇。世界各国の有名コーチ陣もスイスにやってきました。

そして、1997年夏にはスイス・テニス協会がオールド・ボーイズから重要な人物を引き抜きました。ロジャーの恩師ピーター・カーターです。

こうして、ロジャーが夜に出ていく為の条件が整って行きます。エキュブランでの2年の寮生活を終え、センターが故郷の近くに移転。フランス語などの言葉の問題も既に克服。極めつけは、もっとも信頼していたコーチ、ピーター・カーターがスイス・テニス協会にやってきたのです。

ただ一つだけ問題がありました。それは何処に住むのか?

ロジャー自身、新たに別の家族と住みたいわけでなく、かといって16歳で一人暮らしをするには早すぎました。そして、親友であり、デビスカップのチームメイトとなるイヴ・アレグロとの想い出深い共同生活が始まります。

 

>>第14章へつづく<<

 

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