フェデラー物語【第11章】「テニスとサッカーのどちらを専念するか」

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サッカーがテニスへの集中力を散漫に

カコフスキーは当初、集中力に欠けるフェデラーに手を焼いていました。

「ロジャーは才能は非常に 豊かだったが、手がつけられず、練習から外さざるを得ない時にあった。フェデラーは集中力に欠けていたので、長い間トップの子を練習させて貰えなかった」-カコフスキー

その集中力を欠く要因の一つはサッカーでした。

プロサッカーチームの下部組織に所属し、将来を嘱望された選手だっだ

Federer-FCBaselフェデラーはスポーツが大好きでしたが、特に球技を好み、サッカーを特段好んでいました。FC・コンコルディ・バーゼルに所属し、ストライカーとして活躍していました。

「サッカーを選んでいれば、スイス代表チームのメンバーになったはずだ。彼がプレーするのを見たのは2度だけだったが、その2試合で3回ゴールを決め、そのうちの1回は自陣でボールを受け、60メートルをドリブルして得点を決めた。確かに彼は何かを持っていたよ」-カコフスキー

ロジャー自身もサッカーは「かなり上手くて、才能がある」と思っていたという。実際、テニスと同じくらい熱心に、サッカーでも闘争心を燃やしてプレーしていた。

テニスプレイヤーとして有名になった後も、FCバーゼルから一緒にトレーニングしないかと何度も誘われていました。しかし、本職のテニスに支障をきたす怪我を恐れて、トレーニングには一度も参加していません。

テニスとサッカーのどちらを専念するかの決断

Federer-Soccerロジャーは、テニスで全国12歳如何の国内チャンピオンになった頃、テニスとサッカーのどちらを専念するか、早く決めなければならなくなりました。

「僕はテニスとサッカーを両方練習していて、テニスを優先しがちだった。だから、サッカーの試合には全部参加できなかった。サッカーのコーチに、全ての練習に出られないのであれば、週末の試合には出場させないと言われたんだ。トップクラスのサッカーチームの、年上グループでプレーしていたけれど、テニスの大会にも出場していたので、サッカーの試合に全て出場するのは無理だった。死ぬまでサッカーとテニスの両方をすることは出来ないし、当時は左足が弱かったので、あのままではいずれ駄目になるだろうと分かっていた。だから、僕は最終的にテニスを選んだんだよ」-フェデラー

テニスを選んでとても満足しているよ

ロジャーの両親、特に母親リネットが熱心にテニスをしていたことも影響しているのは勿論ですが、サッカーを続けていればどうなっていただろうと考えることはあったそうです。

「サッカーよりテニスのほうが好きだし、自分でコントロール出来るのが良い。テニスはすべて自分次第で、敗北のゴールキーパーのせいにしたりはできないしね。テニスを選んでとても満足しているよ。実際のところ、そう大きな決断じゃなかったよ」-フェデラー

こうして12歳になる頃、ロジャーは大好きなサッカーを諦め、テニスを選択し、世界ナンバーワンへの覚悟を新たにします。

 

>>第12章へつづく<<

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