ジョコビッチのコーチ「ボリス・ベッカー」を詳しく知ろう! 【WIKI】

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現世界No.1テニスプレイヤーのノバク・ジョコビッチは、2014年にヘッドコーチにボリス・ベッカーを迎え入れてから最強王者として君臨し続けています。ベッカーは80代後半から90年中盤にかけて活躍した、ドイツのレジェンドと言われている名選手です。

今回は、そのベッカーについて選手実績、コーチ実績、人物像、スキャンダル、ジョコビッチとの関係など様々な角度から紹介します。ジョコビッチの強さを陰で支える重要人物ですので、ジョコファン必見です!また、テニス史に残る往年の名選手として、懐かしい方も多いと思います。

 

1. ボリス・ベッカー(Boris Becker)

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Tips1. 元No.1。四大大会6回優勝したドイツのレジェンド選手。

旧西ドイツ出身の元男子プロテニス選手。4大大会通算6勝(全豪2回、全英3回、全豪1回)。ATPツアーでは、シングルスで4大大会6勝を含む49勝、ダブルスで15勝。自己最高ランキングはシングルス1位、ダブルス6位。ビッグサーブを軸としたオールラウンダーであり、1985年~1996年の最強プレイヤーの一人として、レンドル、エドベリ、サンプラスと名勝負を繰り広げたテニス史上に残る名選手です。

当時、女子のシュティフィ・グラフと共に、ドイツテニス界に栄華をもたらしたレジェンドです。1997年に引退するも、99年に一時的に現役復帰。完全引退後の2003年に国際テニス殿堂入りを果たしています。テニス解説者と活躍した後、2014年からノバク・ジョコビッチのヘッドコーチを務めています。現在は、ジョコビッチと同じくモナコ公国のモンテカルロ在住。現在48歳。

 

Tips2. クレーコートが大の苦手

グランドスラムでは全仏だけを取り逃していますが、実はクレーではツアーで1度の優勝もなく、大の苦手としています。この点はピート・サンプラスと似ています。後に、ベッカー自身も「攻撃的で、サーブ&ボレーをする自分のプレースタイルは、クレーコートに向いていなかった。それに、自分は体が大きくて、クレーコートで走り回るには重すぎたのさ。」と語っています。

 

Tips3. 強烈なビッグサーブが魅力

ベッカーの代名詞ビッグサーブは「ブンブンサーブ」と呼ばれたほどのパワーとスピードで、その速度は240km/hとも250km/hとも言われました。また、派手なダイビングボレーも観客を沸かせました。この強烈なサーブとボレーを武器に、特にグラスコートで強さを発揮しウインブルドンは3回(85、86、89年)優勝しています。一部では「80年代後半の芝の王者」と言われています。

 

Tips4. 才能はあったが、ムラっ気がある性格で時代を作れなかった

確かに四大大会で6勝をあげ、全仏以外のタイトルは獲得しています。しかし、ライバルのエドバーグの世界ランキング1位の在位期間は72週なのに対して、ベッカーは12週と非常に短い期間でした。今でいうスイスのスタン・ワウリンカと良く似ていて、ムラっ気がある性格なので、調子が良い時と悪い時の差が激しい選手でした。ハマった時は爆発的に強かったのですが、安定感を欠いた時はトーナメントで早期敗退する場面も多かったです。

 

2. 引退後は私生活の問題で評判ガタ落ちに…

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ベッカーは引退後、2003年に国際テニス殿堂入りを果たしました。テレビ解説など引退後もテニスに携わっていましたが、私生活で脱税、不倫、離婚など多くのスキャンダルを抱えることになりました。そして、かつてのスター選手だったベッカーの社会的評判はガタ落ちになります。

脱税・不倫・離婚・事業失敗などスキャンダルの数々

【脱税】300万ドル(約3億7000万円)相当を脱税していたことを認め、裁判で、執行猶予2年と罰金刑の有罪判決が言い渡された。温情判決で禁固刑は免れた。

【事業不振】引退後に趣味で始めたメルセデス車の販売業に失敗、スペインのマヨルカ島に持つ土地と贅沢な別荘はが競売に掛けられそうになったが、何とか食い止めた。

【不倫】現役時代の話ですが、99年にの妻バーバラさんの妊娠中に出場した最後のウィンブルドンでは、試合に負けた後ロンドンの日本食レストラン「ノブ」の掃除道具置き場でロシア人モデルの女性と衝動的に関係を持った結果1児あり。 「妊娠するなんて不可能だ。アンジェラとは、オーラル・セックスしかしていない」とコメント…。

【離婚】 2001年にドロドロの離婚劇。DNA検査の結果、前出のモデルとの子どもを認知したがタイミングが結婚時期と重なるため、地元メディアでは長いこと騒がれた。

【再婚】2009年にオランダ人モデルと再婚。

 

3. ジョコビッチがベッカーにヘッドコーチを依頼した3つの理由

Boris Becker (l) trainiert seit Ende 2013 Novak Djokovic. Foto: Tatiana Zenkowich

2014年から、ベッカーはヘッドコーチとしてジョコビッチ陣営に加入しました。加入当時に、お互いにこのようなコメントを残しています。

「彼は本物のレジェンド。テニスのことについても本当に多くの知識を持っているし、グランドスラムやその他多くの大会で勝つためには彼の経験が大きな助けになると思う。それに、ベッカーは人間としても素晴らしい人物で、僕のチームにも素晴らしい影響をもたらしてくれると思う」-ジョコビッチ

「全く予想できなかったので驚いたよ。光栄に思う。ノバクの目標達成のためにできる限りのことをしたいと思うし、我々が力を合わせれば、素晴しい結果を勝ち取ることができると思っている。」-ベッカー

 

理由1. 男子テニス界は空前のレジェンドブーム

レジェンドプレーヤーをコーチに迎えるのは現在の男子テニス界のブームになっています。まず、2011年にアンディ・マリーが元全仏王者、イワン・レンドル(チェコ)をコーチにつけて全米、全英、オリンピック金を獲りました。次に、2014年から15年末迄、ロジャー・フェデラーも貴公子といわれたステファン・エドバーグ(スウェーデン)と契約しました。そして、錦織圭も2014年からマイケルチャンとコーチ契約して、全米オープン準優勝という結果を残しています。

 

理由2. ジョコビッチ、2013年は年間ランキング2位に陥落

2013年のジョコビッチは4度目の全豪オープン優勝を手にしていましたが、年間ランキングはラファエル・ナダルに次ぐ、2位でのフィニッシュでした。2011、2012年と連続で守った年間ランキング王者から陥落しました。

 

理由3. ジョコビッチのプレーをより攻撃的に進化させるため

ジョコビッチ自らと2006年からずっとジョコビッチ選手のコーチを務めるマリアン・バジャの両名で、ベッカーにコーチを頼もうと決めたそうです。ジョコビッチにこれまでとは違う要素が必要だと判断したからだと言っています。守備的なプレーヤーからより攻撃的なスタイルにシフトするためには、かつて”ブンブンサーブ”と称されたベッカーの強烈なサービス力、ネットプレー、最年少でウインブルドンを制した経験などが必要だと判断したそうです。

 

理由4. パジャ(前ヘッドコーチ)が限界に…

8年間に渡ってヘッドコーチとして共に海外を忙しく転戦してきたパジャが、家族とのバランスを考えてこれ以上フルタイムのコーチを続けることが難しくなったことも1つの理由でした。また当時、自分が教えられることはもう無いと判断し、レベルアップの為の新しいコーチが必要だとも考えたそうです。

 

4. ベッカー就任による結果は抜群!ジョコビッチ最強時代に突入。

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1. コーチ就任時は批判が多かったが…

ベッカーは引退後、テレビ解説などを務めていたが、私生活のスキャンダルで評判を下げたこともあり、引退して15年も経って現代テニスにおけてジョコビッチの役に立つアドバイスができるのか?と批判的な視線を向けられていました。国際テニス殿堂入りを果たしたほどの実力者のベッカーでしたが、やはり指導経験がないため周囲は懐疑的でした。

 

2. より攻撃的なプレースタイルへシフト

ベッカーの指導により、サービス力やネットプレイが強化されました。守備的傾向が強かったジョコビッチのプレーに、攻撃力と多彩な攻めパターンが加わりました。現在の最強王者の基礎が生まれました。ジョコビッチ本人が「確かに最近はネットに出ることが増えたかもしれません。僕はベースラインでのプレーが得意ですが、チャンスがあれば前に詰めるようにしています。かなり慣れてきたので、以前より早くポイントを奪うことが可能になりました。」とコメントしています。

 

3. 2014年に1位を奪還し、2015年はキャリアハイに。

2014年にベッカーがジョコビッチ陣営に加わったことにより、プレーの質があがり全英オープン優勝、全仏準優勝、全米ベスト4、全豪ベスト8。マスターズ1000大会5勝、ATPツアーファイナル優勝の成績で、ナダルから年間ランキング1位を奪還します。

翌年2015年にジョコビッチ一強時代が訪れます。2015年の四大大会で優勝3回(全豪、全英、全米)、準優勝1回(全仏)、そしてマスターズ1000の優勝6回、ATPツアーファイナル優勝という圧倒的な強さでした。この年はフェデラーに「ノバクの年」と言わしめたほどの最強ぶりでした。この結果が示す通り、かつてコーチとして批判されたベッカーでしたが、名伯楽ぶりをいかんなく発揮しています。

そして、更に期待がかかる2016年。最初のグランドスラムの全豪オープンでは決勝でマレーをストレートで下し、6度目の優勝を果たしました。ジョコビッチの絶対王者としての君臨は続いています。

 

4. ジョコビッチもコーチとしてベッカーを高く評価

「ベッカーが僕のチームに加わったのは、ちょう1年前です。彼のやり方はいいですよ。慎重ですし強制されることはありません。チームのペースやリズムを尊重してくれて、輪の中に上手く溶け込んでくれました。」とコーチのベッカーについてコメントしています。

 

5. 2016年、ジョコビッチ生涯グランドスラムを達成し頂点に。

2016年の全仏オープンを制したことで、ジョコビッチは史上8人目のキャリアグランドスラムを達成しました。これによりジョコビッチもレジェンド選手の仲間入りを果たしたと言えます。この輝かしい栄誉はコーチであるベッカーの功績とも言えます。

【関連】ジョコビッチで8人目!生涯グランドスラム達成者一覧

 

5. ジョコビッチが師匠ベッカーをものまね

ものまねで有名なジョコビッチですが、全豪オープンの試合後、ジョコビッチは元世界王者のJ・クーリアから勝利インタビューを受けました。クーリアは90年代にベッカーのライバルであった選手だったこともあり、ジョコビッチに次のように質問しました。

「小さい頃、選手のモノマネをしていたと思うんだけれど、ベッカーのモノマネもしていた?」-ジョコビッチ

ベッカーは笑いながら指で「その質問はダメダメ」という仕草をし、ジョコビッチは気にも留めずに「ベッカーのモノマネはしていた。でも彼(ベッカー)にはまだ見せていない。」と言い、ベースラインまで行って実際にモノマネを開始して観客を沸かせました。

【関連】ジョコビッチのものまね動画集

 

6. ボリス・ベッカー最新情報【NEW】

・2000年夏にインターネット・サービス会社を設立し、約1年後に倒産させています。後に破産処理を巡って、ミュンヘン地方裁判所で起訴されています。

・2006年10月に自叙伝『Life Is Not a Game』を発表。しかし、ロマンスと乱れた人生の話ばかりで、肝心のテニスの話題が少なくファンは期待期待はずれの内容でした。

・2008年からプロのポーカー・プレーヤーとして活動開始しました。現在は活動を停止。

・2012年のメルセデスベンツの新型SLであるSL63AMGのCMに起用されました。

・2014年に世界最大級のバイナリーオプションサイト「24option.com」とスポンサード契約しています。

・2014年7月にジョコビッチ夫妻がモンテネグロのリゾートで結婚式を挙げた際、ベッカーも招待されました。

・2015年2月にボリス・ベッカーが、母国ドイツのデビスカップ監督就任要請を辞退したと発表されました。独テニスマガジン誌に「デビスカップの監督になることは、今は考えられない」とコメントしています。真意は不明ですが、今は母国ドイツより絶好調のジョコビッチを優先したと思われます。

・2015年6月のBBCのインタビューで、ドイツ生まれのベッカーは、「イギリスのウィンブルドンで過ごすのが大好きでいずれはイギリスの市民権を獲得したい」と話しています。「30年に及ぶプロテニス選手としての故郷なんだ。」とも。

・2015年6月のウインブルドンで、試合中のオンコート・コーチング疑惑がかけられました。テニスのルールでは、試合中に選手がコーチから指示を受ける”オンコートコーチング”は禁止されています。しかし、ベッカーは、チームのスタッフが「ある方法で」ジョコビッチに合図を送り、プレーが「良いか悪いか」を伝えていることを明かしています。

 

まとめ

ジョコビッチのライバル、ロジャー・フェデラーのコーチはステファン・エドバーグ。時代を超えてライバル関係が続いています。

ファン必見!ボリス・ベッカー本人の著書

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